大黒屋光太夫、
アダム・ラクスマンとロシア旅行より帰る
| 大黒屋光太夫さんってあまり知らないんだけど、 何した人ですか? 年表には「ラクスマン根室にくる」ってあるけど、 どういう関係が・・・・? |
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| りょうこ | |||||
| ざーっと大ざっぱに言うとな、 わしが乗ってた船が難破して、ロシアの方に漂流して、 ロシア人のラクスマンという男に日本まで乗せてきてもらった、 という事だ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| はあ、そうですか。 短くまとめていただいてありがとうございます。 これで今回のインタビューの内容がすべてわかってしまいました。 あとはじゃあ細かい事を順番にお聞きしますね。 まず最初に、光太夫さんが日本に帰ってきたっていう事が、 何で日本史年表に載るような大事件なんですか? |
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| りょうこ | |||||
| わしが帰ったっていう事自体は、 屁でもなんでもない事だったがな、 わしを連れてきてくれたアダム・ラクスマンという男が、 日本に対して「日本の人、ロシアと商売しませんか?」 と言った事が大問題なのよ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| え? そんな事が大問題なんですか? |
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| りょうこ | |||||
| おうよ。 だってその時日本は鎖国をしていたからな。 ロシアと商売なんかできるわけなかろう。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| それもそうですね。 えーと、今教科書をめくってるんですけど、 ラクスマンさんを追い返す時に 「長崎に行ってもいいよ」 っていう通行許可証をあげてますね。 そしてその「通行許可証」を持って、 レザノフという人がやってきた。 ・・・・でもこの人も結局追い返されてます。 そしてラクスマンさんが来た61年後に、 アメリカ人のペリーという人が 「俺と商売しろ!!」と言ってきて、 しぶしぶ幕府は開国しています。 |
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| りょうこ | |||||
| ほ〜、教科書にはそう書いてあんのか。 今のを聞くと、アメリカ人のペリーとかいうヤツより、 ロシア人の方がよっぽどおだやかで紳士的だな。 実際わしが会ったロシア人はいいヤツが多かったからな。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| そうなんですか。 ロシアってどんな所だったんですか? |
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| りょうこ | |||||
| うん。まずわしが漂流した所から話を始めようか。 ・・・わしが漂流して流れついたのが、 今のアリューシャン列島のアムチトカという島だ。 わからん人は世界地図で調べなさい。 そっからロシア人に連れられて、 オホーツク、ヤクーツク、イルクーツク、 ・・・と、ツクたびごとに移動していった。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| さりげなくオヤジギャグ入れましたね。 でもどうしてそんなに転々としたんですか? |
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| りょうこ | |||||
| 何しろロシアは広いからな。 わしらはオホーツク、ヤクーツク、イルクーツク、 にツクたびに「日本に帰してくれー」 とお願いしたんだが、 そのお願いが首都ペテルスブルクに届かんのよ。 だからお願いが届きそうな所を求めて転々とした、 というわけだ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| オヤジギャグはもういいですって・・・・そうですか、 それでロシアのはしからはしまで旅をしたわけですね? |
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| りょうこ | |||||
| そうだ。 でもこの旅は、もんのすげえ旅だったんだぞ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| どういうふうに? | |||||
| りょうこ | |||||
| まずロシアの寒さだ。 こいつにはホント参った。 ウンチしても小便しても出した瞬間から凍りつく。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| 鼻水も? | |||||
| りょうこ | |||||
| 鼻水も涙も全部凍る。 とにかく見える景色全部雪と氷しかねえ。 えれえ所に来ちまった、と思ったもんよ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| 夏に移動すればよかったじゃないですか。 そうすれば少しはいいでしょ? |
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| りょうこ | |||||
| それが夏だと「そり」が使えんのよ。 あんな広い国を移動するのは、 「そり」しか移動手段がねえからな。 「そり」ゃあ速えんだぞ、「そり」ってのは。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| またさりげなくオヤジギャグ入れましたね? で、結局どこまで行ったんですか? |
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| りょうこ | |||||
| ロシアの首都ペテルスブルクという所よ。 ここには女帝エカテリーナっていう、 少女マンガで有名な女王様がいるって聞いたからな。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| エカテリーナさんはいたんですか? | |||||
| りょうこ | |||||
| ペテルスブルクにはいなかった。 でもツァールスコエ・セロという所に避暑に行ってる、 ってヒショヒショばなししてくれた人がいて、 出かけて行った。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| 避暑? そんなに暑い所なんですか? |
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| りょうこ | |||||
| どこが!!? やっと氷が張らなくなった程度よ。 それでもロシア人は暑いらしい。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| ふ〜ん、 それでエカテリーナさんに会えたんですか? |
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| りょうこ | |||||
| いた。会えた。 わしはこのエカテリーナさんに直接お願いして、 やっと日本に帰してもらえる事になったんだ。 エカッテエカッテ(えかったえかった)。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| オヤジギャグやめーい!! | |||||
| りょうこ | |||||
| それで帰るにあたって、 わしらを色々めんどうみてくれた、 キリル・ラクスマンというじーさんがいたんだが、 この息子のアダム・ラクスマンという男が、 日本に連れてってくれる事になった。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| ああ、 インタビューのはじめに出てきたラクスマンさんですね? |
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| りょうこ | |||||
| そう。そのペプシマンと一緒に日本に帰った。 話をはしょってたが、わしら漂流した時は17人だったが、 日本に帰れたのは3人だけだったんだ。 しかも一人は根室に着いてすぐ死んだ。 |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| そうですか・・・・それで光太夫さんのその後は? 大歓迎だったんでしょ? |
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| りょうこ | |||||
| いいや。 わしら二人その後、 薬草園にとじこめられて一生を過ごした。 結局鎖国日本でわしらはじゃま者だったんだな・・・・ |
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| 大黒屋光太夫 | |||||
| そうですか、光太夫さんかわいそう。・・・・・ ところでこのままではオチがつかない。 どうしよう? |
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| りょうこ | |||||
| 落ち着け! オチつけばオチがつく!! ははは・・・・・・・・・・・ |
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| 大黒屋光太夫 |