大河ドラマ記念インタビュー〜宮本武蔵〜

最近注目の人ですねー。
今日のゲストは宮本武蔵さんです。
りょうこ
わしゃあ刀を二本使うけぇ。
アンタの武器は何なら?
鎖ガマかな?ナギナタかな?
宮本武蔵
え?何それ?武器?
う〜ん、私の武器は若さと美貌かな?
りょうこ
何おかしなこと言っとん。
アンタ、わしと決闘するために呼んどんじゃねん?
宮本武蔵
決闘?
そんなのする訳ないジャーン。
武蔵さんこそ何おかしなこと言ってんの?
私は話をききたいだけだぴょん。
りょうこ
話だぁ?
わしゃまた決闘ができるか、思うて、
ぼっこ期待しとったのに・・・そりゃおえん。
宮本武蔵
まあまあ、とにかく色々聞かせてよ。
ところで武蔵さんの言葉ってちょっと変だけど、
どこの出身なの?
りょうこ
色んな説があるけえど、
とりあえず今回は、
美作の宮本村(今の岡山県大原町?)、
ゆう所で生まれた
事にしとこうかいの。
宮本武蔵
て事は、その変な言葉は岡山弁なんですね。
りょうこ
じゃーじゃー。
宮本武蔵
それで子供のころはどんな人だったんですか?
りょうこ
謎じゃ。
宮本武蔵
じゃあ大人になってからは?
何したの?
りょうこ
それも謎じゃ。
宮本武蔵
謎、謎って・・・・・
それじゃインタビューにならないよ。
もうちょっと詳しく話してよ。
りょうこ
そう言うても、本当に謎なんじゃて。
わしの人生、誰にもようわからんがぁ。
でもそれじゃアンタがかわいそうじゃけぇ、
俗説・作り話をとりまぜて教えちゃろうかのう。
宮本武蔵
うん。
教えて教えて。
りょうこ
まずわしが有名になったんは、
昭和の時代になって吉川英治ちゅう人が、
わしを主人公にした小説を書いたんがきっかけじゃ。
今のわしのイメージは、この「吉川」武蔵が基本になっとる。
じゃから、わしの事が知りたかったら、
この小説読むんが一番えかろう。
宮本武蔵
NHKの大河ドラマもこの小説が基本になってるんですよね。
それからマンガにもなってますよ、武蔵さん。
りょうこ
ああ、「天才バカボン」な。
宮本武蔵
え?そんなタイトルだったかな?
まあいいや。
ところでざっとでいいから、
武蔵さんのやってきた事を教えてくれない?
りょうこ
仕方ねえのう。じゃ教えちゃる。
まずわしは13歳の時に、初めて決闘して、
その相手を木切れでなぐり殺したんじゃ。
宮本武蔵
うわ!13歳で人殺しですか。
コワイなー。
りょうこ
こんなでコワがってどうすりゃあ。
わしはそのあと何人も決闘の相手を殺しとんで。
まあそれはおいおい語るとしてな、
とりあえずわしはその後宮本村を出て、
全国をうろうろすんじゃ。
まず行ったんが「関ヶ原」ゆうところじゃ。
ここで「関ヶ原の戦い」ゆうんがあってな、
わしゃこの戦いで西軍じゃった「宇喜多秀家」の軍で、
下っ端の兵隊として戦いに参加したんじゃ。
宮本武蔵
へえ。そんな有名な戦いに参加してたんですか。
でも西軍ってたしか負けた方ですよね。
りょうこ
そうじゃ。
負けた側におったもんで、
わしはとにかく逃げにゃあおえんかった。
じゃからまた全国をうろうろして、
とにかく強そうなやつと決闘をして、
有名になってやろうと努力したんじゃ。
宮本武蔵
ふ〜ん。
有名になりたかったの?武蔵さん。
りょうこ
当たり前じゃ。
わしが生きた時代は、
男として生まれたからには有名になって、
どっかの大名のケライになり、そこで出世して、
あわよくば大名になっちゃろう、
ゆうのが一つの目標
じゃったんじゃ。
宮本武蔵
そうですか。
でも関ヶ原の戦いでは有名になれなかったんですね。
今の時代だったら、
有名になるためにはオーディションでも受けて、
芸能人になったりすればいいんだけどね。
りょうこ
じゃじゃ。
その「王でしょん」とやらに当たるのが、
わしの頃では「決闘」だったんじゃ。
強いヤツと闘って勝てば名前が売れる、
とわしは考えたんじゃ。
宮本武蔵
それで強い人を求めて全国をうろうろしたわけか・・・
あっ!強い人ならいるよ。
ボブ・サップ
この人に勝ったら、その瞬間からチョー有名人に間違いなし!
どう?
りょうこ
ぼぶ作
弱そうな名前じゃなあ。
で?武器は何なら?
宮本武蔵
武器なんか使わないって。
だってこの人、格闘技の人だもん。
肉体が武器なんだよ。
りょうこ
何!?肉体が武器じゃと!?
あんぽんたん!そんなヤツと闘えるか!
わしゃ剣の腕をみがこうとしとんのじゃ。
宮本武蔵
ああそうなの?
じゃいったい誰と闘ったんですか?
りょうこ
数えればキリがないくらい闘っとるがな、
有名なんは佐々木小次郎じゃな。
コイツとは船島(のち厳流島と呼ばれる)で闘って、
わしゃわざと遅刻して行き、
イライラしよる小次郎のスキをついてやっつけた
んじゃ。
宮本武蔵
けっこうヒキョウな手を使ったんですね。
りょうこ
ヒキョウもクソもあるか。
要するに勝って有名になるんが目的なんじゃから、
これでエエんじゃて。
宮本武蔵
そこまでヒキョウな手を使って、
有名になれたんですか?
りょうこ
おえん。
この時代まだ「剣豪」なんちゅうんは低う見られとったんじゃ。
有名になるにゃあやっぱ合戦じゃ。
いくさで手柄をたてるんが一番ええ。
ちゅうことでわしはその後、
大坂冬の陣・夏の陣に参加したんじゃ。
宮本武蔵
それも有名な戦いですよね。
それでどうなったんですか?
りょうこ
わしゃ負けた大坂方におったもんでな、
この戦いでも有名になれずじまいじゃ。
宮本武蔵
「闘い」では勝っても、「戦い」では負けてばっかですね。
つまり個人プレーに強くて、団体プレーでは弱いってことか・・・・
りょうこ
何をブツブツ言いよるんなら。
わしゃ勝ったいくさに参加した事もあるんで。
島原の乱」じゃ。
宮本武蔵
え?そうなの?
じゃ「島原の乱」で有名になったんだね。
りょうこ
うん・・・まあな。
わしゃその時小倉藩の一人として城攻めして、
石垣を登っとったところに石を落とされて大ケガした
ちゅうんで有名になったんじゃ。
宮本武蔵
何それ(笑)。
そんなんで有名になってもうれしくないじゃん。
りょうこ
ふん。何とでも言え。
とにかくわしゃその後、
熊本の細川ちゅう殿様に認めてもらって、
熊本で腰を落ち着けることにした
んじゃ。
宮本武蔵
もう剣の腕をみがくのはやめたの?
りょうこ
やめたわけじゃねえんじゃがな、
年取ってきよったんであまり体を動かすんをやめにしたんじゃ。
それに熊本に落ち着くことができたんで、
「ま、もう有名にならなくてもえっか」
ゆう気持ちになってしもーたんじゃな、わし。
宮本武蔵
人生、守りに入ったわけですね。
りょうこ
じゃじゃ。
そんなでちょい時間が余ってきたんでな、
趣味にちょこっと絵を描いたんじゃ。
そしたら自分でもびっくりするくらいうめえんじゃ、これがな。
宮本武蔵
はあ、そうなの。
じゃ剣より絵の才能の方があったのかもね。
りょうこ
剣は剣で才能があったんじゃけどな、
絵の方にも才能がある、ちゅうことに初めて気付いたのよ。
ほんでな、わし、
もっと色んな才能があるんじゃねかろうか、思うて、
文章も書いてみたのよ。
そしたらこれがけっこうええが。
文章もいけるんじゃが。
宮本武蔵
ふうん。
そんな自慢話聞いても、私つまらないんですけど。
りょうこ
まあそう言わず聞けえや。
文才があるなー、思うたわしは、
「それじゃ今まで自分であみだした剣の奥技を本にしちゃろう」
てんで、熊本のほら穴で本を書き始めた
んじゃ。
宮本武蔵
はあ?何でそこでほら穴なの?
よくわっかんなーい。
変な人!
りょうこ
本を書くにゃあ、落ち着くトコの方がえかろうが。
だからほら穴なんじゃ。
こん時書いた本のタイトルが、
「五輪書(ごりんのしょ)」、言うんじゃ。
宮本武蔵
ベストセラーにはほど遠そうなタイトルですね。
どうせなら「ポ剣モン公式ガイドブック」とか
「アレー・斬ったーと秘密のほら穴」
「チョナンカンこと宮本武蔵のチョンマゲブック」
なんてタイトルの方がいいかもよ。
りょうこ
くだらん事言うんもたいがいにせえよ。
わしが五輪書、言うたら五輪書なんじゃ。
オリンピックとは関係ねえんで。
宮本武蔵
はいはい。好きにしてね。
ところでこのインタビューも長くなってきたので、
そろそろオチをつけて終わりにしたいんだけど。
りょうこ
そうじゃな。
わしもアンタみたいなガキんちょ相手にするんは飽きてきたしな。
宮本武蔵
ふん。
私だって武蔵さんのような変人の相手すんのもうイヤだもんねー。
じゃあズバリ聞くけど武蔵さんどーゆーふうに死んだの?
りょうこ
どーゆーふうって・・・
ほら穴で五輪書を書きあげてまもなく、
病気で死んだんじゃ。
宮本武蔵
ふうん。
戦いと闘いにあけくれた割には、ふつうの死に方ですね。
りょうこ
ふつうが一番よ。
「ふつう」と言えば、「おつう」はその後どうなったんかのう?
ちょい心残りじゃな。
宮本武蔵
え?
「おつう」って誰?
ひょっとして変人?
りょうこ
あんぽんたん!漢字間違えるな!
「変人」やのうて「恋人」じゃろうが!
「おつう」について詳しく知りたい方は、
NHKの大河ドラマをみてください。
宮本武蔵
うまいオチですね。
じゃ私も帰って「特命リサーチ」みよっと!
りょうこ
そりゃ裏番組じゃっ!!
あんぽんたん!!
宮本武蔵

ひのもとあや先生の一口寸評

宮本武蔵の人生は謎につつまれています。
そのため今回のインタビューの内容も、俗説や作り話がいっぱいまざっています。
あまりにも個性的なキャラなので、あとに続くお弟子さんがあまりいませんでした。
そのために武蔵が会得したという「二刀流」についてもよくわかりません。
「ライバルの佐々木小次郎は架空の人物」とか、
「宮本武蔵は二人いた」なんていう説もあるくらいで、
とにかく武蔵についてはわからない事だらけです。
でも、何もわからないからこそ、想像がふくらませやすいため、
大河ドラマにはうってつけの人物かもしれません。
ま、こむずかしい時代考証は考えずにドラマを楽しんだらいいんじゃないかな!

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