尊氏、勝っては負け、負けては勝ち、勝っては負け・・・
(〜1336年)
| 中先代の乱を鎮圧した足利兄弟が鎌倉に居座った。 これがどういうことになるか、 後醍醐にはその重大さがわかっていた・・・? |
| あ |
| 中先代の乱を鎮圧した尊氏・直義の兄弟は、 鎌倉にそのまま残った、ちゅうんが前回の話や。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| それで反乱がおきそうになった、ということでしたな。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| せや。 後醍醐もそれがどんな重大なことかわかったから、 京都に戻ってこいと尊氏に命令すんねん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| おカマクラより、京都の舞妓はんのほうがいいよ〜、 って誘ったとか。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| んなこと言うか! | |||||
| 赤字屋サバ | |||||
| 尊氏さんは「おカマクラのほうが好き」 と答えたとか。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| さっきから言ってるおカマクラって何やねん!? 尊氏はな、 言うこと聞いて素直に京都に戻ろうとすんねや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 何で!? | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| もともと後醍醐にさからう気持ちはないんやね、 尊氏は。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 甘〜い!甘〜い! まるでスピードワゴンの井戸田さんと安達祐実さんの、 新婚生活くらい甘〜いですな、尊氏さん。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| 余計なたとえをせんでもエエわ! | |||||
| 赤字屋サバ | |||||
| だって後醍醐の言うとおりに京都に戻ったら、 殺されてしまうのは間違いないですぞ。 それをのこのこ出かけていこうとするとは・・・ |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| まあ、その通りやね。 せやから弟の直義が「それはやめとき」て、 尊氏に言いよったんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 弟さんのほうが状況をよくわかってますのう。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| 前も言ったけど、 政略のセンスは弟の直義のほうが上やったからね。 で、この弟の言うことを聞いて、 尊氏は京都に行くのを取りやめにしたねん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| それがいいですな。 弟のほうがかしこいのは中川家と一緒ですな。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| だからお笑い芸人にたとえなくてもエエて! でな、命令したのに京都に戻ってこない尊氏に腹を立てて、 後醍醐は新田義貞を出動させんねん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| ニッターマン出動ですな。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| 余計なこと言わんでもエエわ! 新田義貞出動と聞いて鎌倉を出てきたのは、 弟の直義のほうや。 中先代の乱の時もそうやったけど、 この弟がまた、いくさに弱いんや。 アッという間に負けてもうた。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| なんで尊氏さんが出てこないんですかな? | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| さっきも言うたやろ? 尊氏はな、後醍醐に敵対したくないんや。 せやからこん時も鎌倉にひっこんだままやってん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 甘〜い!甘〜い! まるでチョコとあんこを足して二で割って、 砂糖を倍かけたくらい甘〜いですな、尊氏さん。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| 意味わからんわ。 でもさすがに尊氏も弟の負けを見て黙ってるわけにいかず、 出動しよったんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| ほほう。 で、結果は? |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| やっぱ尊氏はいくさには強かったんやね。 箱根竹之下いうところで新田義貞を破って、 その勢いで京都にまで攻め込んだねん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 強いですのう、尊氏さん。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| せやね。 後醍醐は比叡山に逃げてしもて、 とりあえずは尊氏の勝利や。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| おお、やった! | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| せやけどここで東北の方から北畠顕家ちゅう男がやってきてな、 後醍醐の味方して尊氏をやっつけてまうねん。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| なんと。 めまぐるしく状況がかわりますのう。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| で、尊氏は負けて京都を追い払われるんやけど、 そこで敗因を考えんねや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| 何が敗因なんですかな? やっぱ北畠が来たばたけだから? |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| くだらんダジャレ言わんでもエエわ! あんな、それもあるけど決定的な敗因は、 尊氏軍が天皇家に逆らってるちゅうんが理由なんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| ああ、そうか。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| さあ、ここで思い出して欲しいんが、 元弘の変で後醍醐から天皇位を譲られた光厳天皇ちゅう人や。 この人はこの頃、上皇になっとったんやけど、 尊氏はこの光厳上皇から、 「後醍醐はすでに天皇ではない。だからやっつけろ」 ちゅう命令をもらうことにしたんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| なるほど。 天皇家の命令なら、後醍醐に逆らっても問題ないですからのう。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| このへんがややこしいトコなんやけど、 後醍醐も光厳もどっちも天皇家として命令を出したんで、 天皇家の命令系統が二つに分かれてまうねん。 せやからこの頃から「南北朝時代」が始まった、 とも言えるんやね。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| で、南は韓国、北は北朝鮮に分かれたと・・・ | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| 南北朝鮮とちゃうわ! | |||||
| 赤字屋サバ | |||||
| で?北の金将軍から命令は出たんですかな? | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| 金将軍ちゃうわ!光厳上皇や! 光厳上皇から「後醍醐をたおせ」ちゅう命令が出たんやけどな、 尊氏はその命令を確実に実行するため、 九州に渡って体勢を立て直すことにしたんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| ふむふむ。九州ですな。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| 尊氏を追っ払った後醍醐はまたまた京都に帰り、 やれやれと腰を落ち着けんねん。 で、ふたたび新田義貞に、 尊氏をやっつけに行くよう命令するんや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| ふたたびニッターマン出動ですな。 | |||||
| 伊塚光五郎 | |||||
| つまらんよ、それ。 さて次回は新田義貞と足利尊氏の戦いはどうなる!? ってことを語るで。 みんな忘れかけてる人物かもしらんけど、 楠木正成も次回登場するから。楽しみにしててや。 |
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| 赤字屋サバ | |||||
| おお、楠木! くすのきものにしてしまってましたな。 |
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| 伊塚光五郎 | |||||
| 意味わからんわ・・・ | |||||
| 赤字屋サバ |
| 足利尊氏はついに後醍醐に対して反乱ののろしをあげた。 しかし光厳上皇の命令書を手に入れることにより、 「反乱」は「聖戦」に。 新田・楠木と足利、決着はどうつく!? 次回をこうご期待!! |
| あ |
参 考 資 料
(ブラウザによっては崩れて見えるかもしれません。IE5以降フォント小推奨)
| 時代 | おもなことがら | |||
| 鎌倉時代 | 1333 1月 赤松則村挙兵 2月 後醍醐天皇、隠岐脱出 4月 足利尊氏、幕府を裏切って六波羅探題を攻め落とす 5月 新田義貞挙兵 鎌倉幕府滅亡 6月 後醍醐天皇京都に戻る 建武の新政始まる |
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| 南北朝 時代 |
1335 7月 中先代の乱 8月 足利尊氏北条時行を破る。 そのまま鎌倉に居座る。 |
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| 1335 10月 後醍醐天皇、尊氏に「帰って来い」と命令を出す 12月 新田義貞が足利直義と戦う。直義負け 今度は新田義貞と足利尊氏が戦う。尊氏勝ち 1336 1月 足利尊氏、京都に進軍。後醍醐比叡山に逃げる 足利尊氏、北畠顕家に破れる。京都落ち 2月 足利尊氏、光厳天皇の命令書をもらい、九州へ 後醍醐、ふたたび京都に戻る |
今 回 の 時 代 |
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| 1336 5月 湊川の戦い | ||||
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