日本史・That's雑談
第三回 主題 
新撰組その2・京洛編


前回は、
新撰組が水戸天狗党組と天然理心流組に分かれていて、
お互い仲が悪かった・・・・・・
特に水戸天狗党組は、
新撰組の評判を落とすようなことばっかりしていた

というところまで話しましたね。
ひのもとあや
新鮮な水戸なっ党が評判を落としたわけですな。
伊塚光五郎
アンタどんな耳しとんねん!?
赤字屋サバ
「なっとう」が新鮮、ってのもおかしいよね。
だってあれって、発酵食品なんでしょ?
りょうこ
だから評判が落ちたんでござるヨ。
それでこれからは「新鮮」でなく、
天然なっとう」として売り出すことにしたとか・・・・・・
伊塚光五郎
二人していつまでボケとんねん!
話が進まんやないけ!!
あや先生、この二人はほっといてエエですから、
進めたってくださいな。
赤字屋サバ
はい、そうしましょう。
ところで、このままでは天然理心流組の人たちは、
面白くないですよね。
自分たちは一所懸命やってるのに、
水戸天狗党の人たちがこんないい加減じゃ・・・・・・
ひのもとあや
ワシが天然理心流組だったら、
水戸なっ党をおかずに、芹沢鴨なべを食べちゃろうか、
と思うでしょうな。
伊塚光五郎
何、それ〜〜〜(^_^)、
意味わっかんな〜〜〜い
りょうこ
わからんでもエエて。
このおっちゃんに意味ある発言なんてないんやから。
要するに、天然理心流の連中はおもろなかったわけやね。
せやから、チャンスを待って、
水戸天狗党組をなんとかしちゃろう、思うとったんや。
赤字屋サバ
そうですね。
そこでつくられたのが、
局中法度(きょくちゅうはっと)」と呼ばれる規約です。
ひのもとあや


新撰組 局中法度書(きょくちゅうはっとがき)

一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不許

右条々相ヒ背候者ハ切腹申シ付クベク候也

「はっ!!」とするようなことが書いてありますな。
伊塚光五郎
くだらんダジャレ言うとるようやけど、
なにが書いてあるのかわかっとんのかい!?
この「局中法度」はな、
エライおっとろしいこと書いとんのやで。
赤字屋サバ
いち、しみちに・・・せ?きあいだしくこと・・・・
う〜〜〜ん読めませ〜〜〜ん(^▽^;)
りょうこ
それでは簡単に訳してみますね。

一、武士の道をふみはずすようなヒキョウなことしちゃダメ
一、新撰組をやめようとして脱走しちゃダメ
一、勝手にお金を借りちゃダメ
一、勝手にもめ事の仲裁しちゃダメ
一、自分勝手にケンカしちゃダメ

以上、ひとつでも守れなかった人は、即
切腹ですよ(^_-)v

・・・ま、こんな内容ですね。
ひのもとあや
特にいっとう最初の「士道ニ背キ間敷事」
ちゅうんがおっとろしいわな。
士道・・・つまり「武士の道」やけど、
それがどんな道か、ちゅうんは、
近藤や土方の判断で決めていたらしいわ。
せやから近藤や土方に「コイツは士道に背(そむ)いた!」
と言われたら、即、切腹ちゅうこっちゃ。
赤字屋サバ
ちょっと休憩できて、いいではないですかな。
伊塚光五郎
そりゃ「一服(いっぷく)」!
こっちは「切腹(せっぷく)」!
一字ちごうたらえらい違いやがな。
赤字屋サバ
たしかにキビしそうな規則だけど、
これと水戸天狗党組と、どう関係あるの?
りょうこ
つまり近藤や土方としては、
水戸天狗党組は自由に遊ばせておくけど、
「局中法度にそむいてますよ」と、つげ口があったりしたら、
切腹させてしまおう、というつもりでいたんですね。
ひのもとあや
口づけがあったら、接吻(せっぷん)させるんですな。
伊塚光五郎
・・・・・・あんたのくだらんボケにツッコむんには、
もう飽いたわ・・・・・・
赤字屋サバ


新撰組関係年表その4(月日は旧暦です)

1863 9月 7日

16日




12月27日
新見錦、祇園にて切腹

芹沢鴨・平山五郎・平間重助、
就寝中を何者か(おそらく沖田ら天然理心流組)に闇討される
芹沢・平山は死亡、平間は逃走

水戸天狗党組最後の一人、野口健司、切腹

上の年表を見ていただければもうわかると思うんですが、
水戸天狗党組の五人のうち、
先の局中法度にてらされて切腹させられた者が二人、
闇討にあって死んだ者が二人いて、
(平間重助だけは生き残って逃走したが、その後の消息は不明)
9月から12月の間に全員が新撰組からいなくなってしまいます。
ひのもとあや
うわ〜〜、おっとろし〜〜〜・・・・・・
本当に殺しちゃったんですね〜〜〜
りょうこ
まあ、しゃあないわな。
こうせんと、新撰組が一つにまとまらんからね。
赤字屋サバ
たしかにそうですね。
この水戸天狗党組全滅以降、
悪さをする人がいなくなり、
新撰組は天然理心流組でしきられるようになります。
特に中心となっていく人物は、
局長の近藤勇よりも副長の土方歳三です。
例の局中法度も、土方が考えたものだと言われています。
ひのもとあや
ツルハシふりながら「はっ」と思いついたんでしょうなあ。
伊塚光五郎
そりゃ「土方(どかた)」!
こっちは「土方(ひじかた)」!!
たぶんそんなボケかますんやないか、思うたわ。
赤字屋サバ
とにかくこれでやっと、
新撰組にとってジャマな人がいなくなったわけですね。
で、これからどうなるんですか?
りょうこ
はい、それではまた年表を見てみましょうね。
ひのもとあや


新撰組関係年表その5(月日は旧暦です)

1864 1月

6月



7月


8月
本来の目的であった(^_^;)、将軍家茂の警護のため、大坂や伏見に出動

枡屋喜右衛門(古高俊太郎)を逮捕して拷問にかけ、尊皇志士のテロ計画を聞き出す
その情報をもとに三条小橋付近にあった池田屋に出動
池田屋に集まっていた尊皇志士を多数やっつける→池田屋事件

蛤御門の変おこり、新撰組は九条河原に出動

池田屋事件などのほうびを、幕府よりもらう

芹沢たちが亡くなったあとの新撰組は、
当時の政府(会津や幕府)の命令を忠実に守り、
今で言う警察組織のような組織として、
テロリスト(尊皇志士)を取り締まります。
ひのもとあや
特に新撰組の名前が有名になったんは、
池田屋事件」やね。
この事件は、尊皇志士たちが京都に火をつけて、
そのどさくさに天皇をかっさらおう、という計画を、
未然に防いだ事件やねん。
赤字屋サバ
尊皇志士たちは、
カゴを乗っ取って京都タワーと御所に激突させるという、
同時多発テロをもくろんでいたとか・・・
伊塚光五郎
そりゃアメリカで起きたテロやねん!
赤字屋サバ
尊皇志士たちはこの計画が未然に防がれてしまったので、
「こんなくやしいことアルカイダ!」と関西弁でなげいたとか。
伊塚光五郎
もうそのネタあぶないからそのへんにしとき!
赤字屋サバ
まあそんなくだらないボケはさておき、
この池田屋事件というのはどういう意味があったかと言うと、
新撰組の立場から言うと、「テロ計画を未然に防いだ
ということになるんですが、
尊皇志士の立場から言うと、
有能な志士をたくさん殺し、明治維新を三年遅らせた
ということになるんです。
ひのもとあや
でも当時の状況からいったら、
「テロ計画を未然に防いだ」新撰組のほうが、
正しいことをしたんじゃないんですか?
りょうこ
りょうこはんの言うとおりやね。
こん時池田屋で殺されたんは、
吉田稔麿はじめ長州藩(今の山口県)のモンが多かったんや。
長州藩、言うたら、八・一八の政変とか、
池田屋事件の後におこる蛤御門の変なんかで、
テロやら内乱やら戦争やらおこしたりしとって、
もうメチャクチャな集団(藩)やってん。
治安維持のために新撰組が長州人を殺すんは、
当時は仕方ないことやったと言えるわな。
赤字屋サバ
長州藩(ちょうしゅうはん)は、
テロの常習犯(じょうしゅうはん)だった、
ということですな。
伊塚光五郎
新撰組に頼んでアンタを殺してもらおか・・・・・
赤字屋サバ
池田屋事件で名をあげた新撰組は、
次に起こった蛤御門の変でも出動し、
これらの手柄をたてたごほうびを、
幕府からもらうようになります

これで、会津藩お抱えだった新撰組が、
幕府からも認められる存在になったわけですね。
ひのもとあや
新撰組も芹沢鴨が死んでから、
ずいぶんと立派な組織に成長できましたねっ!
りょうこ
せや。
でも、その芹沢をやっつけた時に作っとった「局中法度」ゆうもんが、
この先の新撰組に暗い陰を落としていくことになんねん。
赤字屋サバ
?暗い陰って?
どういうことですか?
りょうこ
はい、それについては、
また次の年表を見てみましょう。
ひのもとあや


新撰組関係年表その6(月日は旧暦です)

1864

1865
10月

2月


3月〜12月
伊東甲子太郎ら入隊

山南敬助新撰組を脱走しようとして失敗、切腹させられる

大石良輔、切腹
施山多喜人・石川三郎、切腹
佐野牧太、打ち首
松原忠司、切腹
桜井勇之進、切腹

なんかずいぶん切腹してる人が多いですね。
りょうこ
みんな疲れたんで、
ちょっとコーヒータイムにしましょうや、
ということで休憩したんでござるヨ。
伊塚光五郎
だからそりゃ一服(いっぷく)や、ちゅーーの!!
これは切腹(せっぷく)
ハラキリのことやねん!!
赤字屋サバ
ハリキってハラキリ、
というわけですな。
伊塚光五郎
意味わからんわ・・・・・
赤字屋サバ
たしかに池田屋事件以降、
切腹や打ち首になった人が多い
ですね。
山南敬助という人なんか、
江戸の道場時代からの天然理心流の仲間だったのに、
新撰組を脱走しようとした、ということで切腹させられています。
介錯したのは同じく天然理心流の仲間、
沖田総司だと言われています。
ひのもとあや
昔なじみの仲間でも、
「局中法度」を守らなかったら即切腹やからね。
新撰組で働くモンにとっちゃ、
毎日が生きた心地せんかったやろね。
これが暗い陰を落としていく、ちゅうこっちゃねん。
赤字屋サバ
いやなモンを落としていってくれましたなあ。
どうせなら、お金でも落としていってくれればいいのに・・・
伊塚光五郎
何、アホなこと言うてますねん・・・・
赤字屋サバ
とにかくこういった切腹やら打ち首を実行することによって、
新撰組は「鉄の規律」の組織として、
ますます活躍の場を広げていくわけですね。
ひのもとあや
活躍の場を広げていくとなると、
当然いろんな才能をもった人間が必要になってくる・・・・
というわけで加入して来たんが、
伊東甲子太郎(いとうかしたろう)という男やねん。
この男は、けっこう頭がよくて、近藤勇に気に入られたらしく、
加入してすぐ「参謀」ちゅう、近藤の相談役みたいな役につき、
土方歳三と対立するような立場に昇るんや。
赤字屋サバ
甲子太郎(かしたろう)とは、
金貸しのような名前ですな。
伊塚光五郎
そりゃ「貸したろう」やねん!
話のコシ折らんとき!
赤字屋サバ
伊東甲子太郎は、もともと尊皇攘夷論を支持していた・・・・・・つまり、
新撰組の敵であった「尊皇志士」に近い意見を持っていたらしいですね。
このことはのちに伊東にとって悲劇につながっていくんですが・・・
またそれはのちのお話にしましょう。
今回は芹沢が死んでから、新撰組が有名になっていくまでを、
「京洛編」として語り合いました。
最終回の次回は、「新撰組その3・落日編」と銘打って、
新撰組が栄光の座からすべり落ちていく様子、
そしてその最後はどうだったのか、
歴史は新撰組に何をさせようとしたのか、などを語り合いたいと思います。
それでは本日、これまで!!!!
ひのもとあや

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第四回 主題 新撰組 その3・落日編にすすむ


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