日本史・That's雑談
第八回 主題 
そうだったのね!世界史
・・・・・・の中の日本史


このHPは日本史をあつかってるんですが、
今日はちょっと視点を変えて、
世界史を取り上げてみたいと思います。
ひのもとあや
ワシ、日本史だけでも手に余るのに、
世界史まで出てきたら頭がこんがらかっちゃっちゃっ・・・
伊塚光五郎
なら発言せんでもエエわ!!
だまっとき!!
赤字屋サバ
世界史っていったって、
範囲がひろすぎるんじゃないですか?
りょうこ
そうですね。
ですから今日は、
特に「植民地の世界史
というものにしぼって考えてみましょう。
ひのもとあや
「しょくみんち」って、アレでござろう?
豚肉なんかをミンチにしたものを食べることでござろう?
伊塚光五郎
そりゃ「食ミンチ」!!
赤字屋サバ
まあ、考えようによっては、
「食ミンチ」という言葉をあててもいいかもしれませんよ。
なにしろ植民地政策というのは、
未開の地域を武力で制圧して食い物にし、
巨万の富をえること
」ですから。
ひのもとあや
「食い物にする」って何ですか?
りょうこ
物をぶんどったり、無理やり売りつけたり、
ただ働きさせたり、
場合によっては言うことをきかない人を、
たたいたり殺したりすることを言うねん。
赤字屋サバ
要するに、オレオレ詐欺と押し込み強盗が、
盆と正月にいっぺんに来たようなもんですな?
伊塚光五郎
「盆と正月」が余計やがな!!
赤字屋サバ
それでは欧米の植民地の歴史を見てみましょう。
以後、文中では特定の国を明記しませんので、
欧米」とあるのは、ヨーロッパとアメリカ大陸のとある国
と思って読んでください。
ひのもとあや



1492










1498

1600




1763

1776
アメリカ大陸

コロンブス、アメリカ大陸を発見

欧米の国が先を争ってアメリカ大陸の植民地支配にのりだす
→アメリカ大陸の先住民(インディアン)虐殺

先住民(インディアン)の労働力が足りなくなると、
欧米は今度はアフリカの植民地支配にのりだす
→アフリカの住民を「どれい」としてアメリカ大陸に連れて行く

アジア

バスコ・ダ・ガマ、インド航路を発見

東インド会社設立

欧米の国はアジア、特にインドの植民地支配にのりだす
→インドのムガール帝国の領地が次々勝手に植民地化される

パリで欧米の国が「世界中の植民地をどのように分け合うか」相談

欧米からアメリカが独立する(独立宣言)

おおざっぱに言いますと、
今から500年くらい前に「大航海時代」があり、
コロンブスなどが世界の海に乗り出したんです。
ひのもとあや
ワシにも「大後悔時代」がありましたゾイ。
ああ、あの頃もっと遊んでおけばよかった、と、
後悔した時代が・・・・・・
伊塚光五郎
その「後悔」ちゃうがな!!
それにアンタ、ずっと遊びっぱなしやろが!!
赤字屋サバ
コロンブスって、誰だっけ?
卵食べた人だっけ?
りょうこ
コロンブスは、アメリカ大陸を発見した人ですね。
ひのもとあや
正確には、
コロンブスは発見したアメリカ大陸を、
インド」やと思いこんどったんやけどね。
だからアメリカ大陸の先住民をインディアンて名付けたねん。


赤字屋サバ
そしてこのアメリカ大陸の発見により、
欧米の国は先を争って、
アメリカ大陸を自分たちのものにしてしまいます
ひのもとあや
自分たちのものって言ったって、
もともとアメリカ大陸には先住民がいたんですよね?
りょうこ
せや。
でもこの先住民は、武力で制圧して食い物にしてしもうたんや。
これがつまり「植民地支配」っちゅうこっちゃねん。
赤字屋サバ
ダイノアースからの侵略者・エヴォリアンみたいですな。
伊塚光五郎
そりゃ「爆竜戦隊アバレンジャー」の悪役やろ!!
おっさんのくせに、ようそんなキャラ知っとりますな。
そのボケにツッコめるワイも人のこと言えんけど(笑)。
赤字屋サバ
とにかくアメリカ大陸をひととおり支配した時、
先住民(インディアン)を殺しすぎたので、
今度はアフリカから先住民を連れてきて、
「ドレイ」としてこき使い始めます。
ひのもとあや
ひどいことしてますねーーー。
りょうこ
ひどいけど、これが世界史やねん。
日本史だってこれと似たような話はぎょうさんありまんねや。
だから現代の感覚でとらえたらアカンよ、りょうこはん。
赤字屋サバ
この時代にアバレンジャーがいたら、
こんな悲劇はおきなかったでしょうにのう・・・・・・
伊塚光五郎
このオッサンはほっといて、
次、アジアの話にいきまひょか、あや先生。
赤字屋サバ
そうですね。
では次はアジアです。
アジアでは主にインドが狙われました
目的はインドの物産(香辛料など)です。
インドにはムガール帝国という政府があったので、
すぐに植民地化はしませんでしたが、
最終的にはすべての領地が植民地化されてしまいました
ひのもとあや
インド以外にも、インドネシア、東南アジア、オーストラリア、
中国なんかが植民地の標的にされていったんやね。
ちなみに日本にも戦国〜江戸時代に、
欧米人がぎょうさん来たんやけど、
みんな「あわよくば日本を植民地にしちゃろう」と思っとったんは、
世界史の流れからいって間違いないやろね。
赤字屋サバ
何で日本は植民地にならなかったんですか?
りょうこ
それはアバレンジャーが守ってくれたからでござるヨ。
ふぉふぉふぉ。
伊塚光五郎
ふぉふぉふぉ、て、そんなウソつくな!!!
日本はな、ちょうどその頃、
織田信長や豊臣秀吉によって統一されたばっかやったうえ、
いち早く「鎖国」ということで外国の侵入をふせいでいたねん。
せやから助かったんや。
赤字屋サバ
もっともその後、半植民地化されたことはあったんですがね。
まあそれは、ちょっと後回しにしますね。
とにかく欧米の国は争って、
アメリカ大陸とアジアを植民地にしていきました。
で、一応「どの国がどこまで植民地にするか決めましょう」
という話し合いが、1763年パリでおこなわれました

もちろん、植民地化される国の先住民の迷惑などは、
ひとかけらも考えられていません。
ではその後の世界史はどうなっていくんでしょうか?
ひのもとあや

1840

1914

1941
アヘン戦争

第一次世界大戦

太平洋戦争(第二次世界大戦)

このほうがわかりやすいと思い、
かなり簡単にまとめてみました。
ひのもとあや
アヘン戦争って、間平ちゃんの戦争?
伊塚光五郎
そりゃ「アヘ」やねん!!
赤字屋サバ
アヘンって、麻薬ですよね。
りょうこ
そうです。
アヘン戦争というのは、
欧米のある国・・・はっきり言っちゃうと、
イギリスと中国(当時は清)との戦争のことです。
ひのもとあや
戦争のキッカケは、とんでもないものやったねん。
まず麻薬であるアヘンを、
イギリス商人が密売していたねん。
で、それを中国が禁止した・・・
ここまでは当たり前の話や。
赤字屋サバ
とんでもないのはそこから先ですね。
中国政府がアヘン密売を禁止したら、
なんとイギリス政府が怒って、
中国に戦争をしかけ、
一方的に中国を負かしちゃったんです。
ひのもとあや
え?だってアヘンって麻薬なんだから、
中国が禁止するのは当たり前ですよね。
それなのになんでイギリスが怒るの?
りょうこ
それはな、結局イギリス政府が積極的に、
アヘンの輸出をしたかった、
ゆうこっちゃ。
つまり国をあげて麻薬の密売してもうけたかったからやねん。
赤字屋サバ
イギリスはそれだけではなく、
中国の植民地支配も進めました。
最近やっと返還された香港も、
このアヘン戦争で、
イギリスがぶんどっていた植民地だったんですよ。
このアヘン戦争、
太平洋戦争のたった100年前だってことを、
覚えておいてくださいね。
ひのもとあや
ホンマ、こん時のイギリスはムチャやりよるで・・・
赤字屋サバ
ベッカム様もビックリですな。
伊塚光五郎
関係ないわ!!
赤字屋サバ
で、次は第一次世界大戦です。
この戦争は、
世界中をほぼ植民地化しつくしてしまった欧米に対し、
あとから成長してきた「ドイツ」という国が、
中近東やバルカン半島を植民地化しようとして始まった戦い

と言えます。
ひのもとあや
つまりこれも植民地争い、ということですか?
りょうこ
せやね。
こんでドイツは負けてまうんやけど、
欧米が予想せんかったことが起きていくねん。
植民地が、次々独立してってもーたんや。
アフガニスタン、エジプト、オスマン=トルコ・・・・・・
赤字屋サバ
オスマン=トルコって、
オスマン=サンコンの親戚ですかな?
伊塚光五郎
アンタ、話のコシ折らんといてや・・・・・・
赤字屋サバ
植民地が次々独立していったのは、
日露戦争での日本の勝利が、
アジアの人々を勇気付けたからだ

と言われていますね。
ひのもとあや
つまり同じアジア人(日本)が、
欧米(ロシア)に勝った、ということで、
欧米に植民地支配されとるんはバカらしいやないけ、
ちゅう気持ちになっていったんやね。
赤字屋サバ
そうだったのね・・・・・・・・・
りょうこ
日本史!
伊塚光五郎
今は世界史やて。
それでな、欧米としてはあと完全に植民地支配しとらんのは、
東アジア・・・つまり中国・朝鮮・日本だけやねん

そこで今度はこの辺に目を向け始めんねん。
赤字屋サバ
そして目を向けてみると、
なにやら日本が朝鮮や中国にちょっかい出してる・・・
つまり「韓国併合」や「満州事変」ですね。
そこで欧米は国際連盟からリットン調査団というのを派遣して、
「日本が中国を植民地支配しようとしてないか」
調べさせたんです。
ひのもとあや
で、その結果、
日本が中国を植民地支配しよったでーー!!
と、リットンはんが報告したねん。
赤字屋サバ
これで日本もやっと植民地を持つことができて、
欧米の仲間入りができたわけですな?
伊塚光五郎
その通り!・・・・・・
と言いたいとこやけど、
こん時日本は第一次世界大戦後のドイツと同じく、
「アンタんとこは植民地をつくっちゃダメ!」と言われてもうたねん
赤字屋サバ
え、そうなんですか。
だってほんのちょっと前までは、
自分たちが植民地支配するために、
アヘン戦争までおこしたりしてるのに・・・・・・
りょうこ
まあ確かに、植民地支配はよくありません。
国際連盟が「日本は植民地をつくっちゃダメ!」と言うのも、
もっともな話です。
でもそれを言うなら本当は、
この話が出た時点(リットン調査団の報告後)で、
欧米は自分たちが持っていた植民地を、
全部手放して独立させるべきでしたね。
その上で日本を非難するのなら、
スジがとおっている、と言えるでしょうね。
ひのもとあや
でも結局、欧米は植民地を手放さず、
日本も中国(満州)の植民地化をやめずに、
日本と欧米は戦争になってまうんねん。
これがつまり太平洋戦争(大東亜戦争)や。
赤字屋サバ
たとえると、ケーキが二つあって、
一つをジャイアン(欧米)が、一つをのび太(日本)が食べていたら、
「おいのび太(日本)、俺はケーキを食べてもいいけど、
お前はケーキを食べちゃダメだぞ」
と言われて、ケンカになっちゃったようなもんですな?
伊塚光五郎
まあ、そうですね。
そしてのび太(日本)がケンカに負けて、
ケンカが終わった後に、
「その二つのケーキはジャイアン(欧米)のものでも、
のび太(日本)のものでもなく、
そのケーキを買ってきた人(もともとそこに住んでいた人)のものだ」
ということが欧米にも日本にもわかった、
というオチです。
ですから結論として、
太平洋戦争が終わったと同時に、
長かった植民地支配の時代も終わっていった

ということがいえると思います。
ひのもとあや

1543 ポルトガル人が鉄砲を伝える

1549 ザビエル、キリスト教を伝える

1853 ペリー、開国をせまる

1868 明治維新

1910 韓国併合

1911 やっと不平等条約を改正

1931 満州事変

次に、この世界史・・・主に欧米の植民地の歴史をうけて、
日本がどのように対応してきたかを語ってみましょう。
ひのもとあや
日本に最初に欧米がやってきたんは、
戦国時代やねん。
ポルトガル人が鉄砲伝えたり、
ザビエルがキリスト教伝えたりしたん、覚えてますやろ?
赤字屋サバ
以後よく(1549年)ひろまったキリスト教、ですよね。
りょうこ
ザビエルって、カッパでしたのう?
伊塚光五郎
ちゃうわ!!
ああいう髪型なんやて!
そんなとこしか覚えとらんのかい!?
赤字屋サバ
このころやってきた欧米は、
あわよくば日本を植民地にしてやろう」と思っていた、というのは、
さっきサバ教頭が言ってましたね。
実際はそれは実現しませんでしたが、
徳川幕府は植民地にされないように、
鎖国を始めました。そして欧米のうち、
オランダとしか付き合いをしないようにしたのです。
ひのもとあや
んで250年近くも「鎖国」で平和に暮らしとった日本に、
土足で踏み込んで無理やり不平等条約結ばせた欧米人がおんねん。
それがペリーという男や。
赤字屋サバ
ペリーさんは、踏み込んできたあと、
「毎度ーっ!ペリーカン便でーす!条約のここんところにハンコください」
とギャグ言って、みんなを笑わせたらしいですな。
伊塚光五郎
んなこと言うか!
赤字屋サバ
不平等条約結んで、日本は植民地になっちゃったの?
りょうこ
その危険はありました。
でもそのあとすぐ、「明治維新」がおきて、
なんとか植民地化はまぬがれました。
朝鮮や中国はすぐに革命がおきなかったので、
日本や欧米に植民地化されていくことになるんです。
ひのもとあや
でも日本は植民地化だけはかろうじてまぬがれたけどな、
不平等条約を改正すんのに、なんと明治44年までかかっとんねん
つまりこん時までは実質的に欧米の植民地やったようなもんなんやね。
赤字屋サバ
ああ、さっきあや先生が「半植民地化」と言っていたのは、
そのことですか?
りょうこ
そうですね。
それと太平洋戦争が終わって、
サンフランシスコ平和条約が結ばれるまでの間ですね。
それでは次はその太平洋戦争になるまでの、
日本の植民地政策をいってみましょう。
ひのもとあや
まず、1910年の「韓国併合」や。
これは日本の植民地政策と言っても仕方ないとこやろ。
ただし今のうちに断っとくけど、
日本の場合は欧米と違って、
植民地で現地人を合法的にドレイ扱いしたり、
合法的に虐殺を行った、
いうハッキリした記録は見つかっておらんからね。
それに植民地からの収入で国が巨万の富をかせいだ、
いう事実もないから。
そのへんが欧米の植民地政策とはちょっと違うんで、
覚えておいてな。
赤字屋サバ
欧米て(覚えて)おきますゾイ。
伊塚光五郎
人がマジメに話しとんのに、
くだらんチャチャ入れなや!!
そして1931年、「満州事変」や。
これで日本は中国の一部(満州)を半植民地化した。
赤字屋サバ
・・・で、さっき話に出たリットン調査団が来て、
「アンタんとこは植民地をつくっちゃダメ!」
と言われてしまったんですね?
りょうこ
そうです。
そこで日本はどういう対応をしたか・・・
それを最後に話し合ってみましょう。
ひのもとあや

1933 国際連盟を脱退

1941 仏印進出、ABCD経済封鎖、太平洋戦争開始

1945 終戦

1951 サンフランシスコ平和条約

世界中から「植民地をつくっちゃダメ!」と言われて、
日本は国際連盟を脱退します。
ひのもとあや
つまり日本は、
自分たちはちょっと前まで堂々と植民地政策やってたくせに、
日本がやったらとたんに悪者あつかいした欧米に腹をたてたんやね。
赤字屋サバ
そりゃ腹もたちますね。
りょうこ
腹はたったかもしれませんが、
もうちょい冷静に判断してもよかったかもしれませんね。
ひのもとあや
ここで日本の選択する道は二つだけ、
というふうに追い込まれてしもたねん。

A、欧米を刺激するようなことをせず、
 欧米のご機嫌をそこなわないようにしてなんでもハイハイ言うことをきくか、
B、または日本の主張をちゃん通して欧米と対立するか、

の二つにな。
結果的には日本はBの、欧米と対立する道を選んだわけやけど。
赤字屋サバ
A、B、以外にも、ドロップアウトという手もあったでしょうに・・・
ファイナルアンサー?
伊塚光五郎
きっと選ぶ前に、ライフラインで答えを二つにしぼって、
Bだ、という自信があったんでしょうね。
ファイナルアンサー?
りょうこ
そりゃ「クイズミリオネア」やがな!!
赤字屋サバ
でも正直言って、欧米と対立するというのは、
現実的に大変なことでした。
日本政府はできればAを選びたかったんでしょうが、
現地にいる軍人やマスコミ、一部の日本人が、
引きずるようにしてBを選んでしまったのです。
ひのもとあや
これは、一部の日本人がそれぞれの利益追求に走ってしまった結果、
とも言えるねん。
赤字屋サバ
どういうことですかな?
伊塚光五郎
つまり「欧米と対立して戦争にでもなったら大変なことになるだろうな〜」
と思いつつ、
「でもせっかくとった満州の利権を手放したくないし」ちゅうて、
日本人が満州にいすわっとったねん。
そしたら今度は、
「満州にいすわるとなると燃料が必要だし」ちゅうて、
欧米を刺激するようなこと(仏印進出など)をしてしもうたねん。
赤字屋サバ
つまり「欧米と戦争はしたくない」けど、
「欧米が怒って戦争をしたくなるような事」を、
一部の日本人がしてしまったんですね。
ひのもとあや
これはまあ、当時の状況から考えてやむをえなかった、
とも言えるがな、
問題は、欧米を刺激するようなことをした時に、
欧米がどんな制裁措置をとるかを、
徹底的にシミュレーションしなかった、ゆうことやろね。
赤字屋サバ
ちゃんとKOEIの「提督の決断」をしておけばよかったのに・・・
伊塚光五郎
そりゃシミュレーションゲームやがな!!
赤字屋サバ
この時日本が世界植民地の歴史をちゃんと把握していたら、
その後ABCDラインで経済封鎖されることは充分予想できたでしょうね。
ひのもとあや
それが予想でけとったら、
日本のその後の歴史も違っとったかもしらんけどな。
赤字屋サバ
当時の世界全体の事情を見ていると、
「欧米のご機嫌をそこなわないようにしてなんでもハイハイ言うことをきく」
というのが、
誰が考えても一番かしこい選択だったわけです。
でも日本は「欧米のいいなりにはならない」という道を選びました
ひのもとあや
なんでですか?
りょうこ
日本人としての意地とプライドやがな。
戦国の豊臣家かて、幕末の新撰組かて、
あとから見たら「なんで負けるとわかっとるいくさをするんやろ?」
と思うかもしらんけど、
みんな当時は「勝つ」という気持ち、
それから意地とプライドを持って戦ったんやがな
赤字屋サバ
ワシなら戦ってるフリして即座に逃げますがのう。
それが一番かしこい生き方ですからな。ふぉふぉふぉ。
伊塚光五郎
アンタみたいなんは発言せんでエエねん!!
話がややこしゅうなるがな。
赤字屋サバ
とにかく日本はただ単に、
「満州という半植民地を手放さず、欧米のいいなりにもならない」
という道を選び、
そして結果として欧米に負けた、ということなんですね。
その決断がよかったか悪かったかは別の問題なので
ここではふれないでおきます。
ひのもとあや
んで、負けた日本は、
1951年のサンフランシスコ平和条約で主権が回復するまで、
実質的に欧米の半植民地になってまう・・・
赤字屋サバ
「欧米の植民地の歴史をうけて、日本がどのように対応してきたか」
は、このくらいにしておきましょう。
ひのもとあや
なんか今までの話でいくと、
欧米も日本も、
つい最近まで「植民地政策」という野蛮なことをしてたんですね。
りょうこ
せやね。でも「野蛮」ちゅうんは、
現代の価値観やろ?
ちょっと前までは、
「強い国が弱い地域を支配する植民地政策」
なんてのは世界の常識やった、
てことをポイントとしておさえておいてや。
赤字屋サバ
「世界の常識」といっても、
それはもともとは「欧米の常識」なんですけどね。
過去も今も、世界史といえば欧米を中心にしたものなので、
欧米=世界
になってしまっただけなんですよね。
ひのもとあや
ま、とにかくワイらは日本人なんやから、
日本史をまず学んだうえで、
日本と世界がかかわってくる部分になってきたら、
世界史も学ぶ、ちゅうんが正しい歴史の学び方やないやろか
赤字屋サバ
わかりました。
それで今回、世界史がテーマになったわけですね。
りょうこ
せや。
このHPも、いよいよ日本と世界がかかわってくる部分が出てき始めて、
世界史も紹介せなアカンようになった
ちゅうこっちゃね。
赤字屋サバ
いっそのことタイトルも「そうだったのね!日本史」から、
「So!Data no ne世界史 and 日本史 DASH村!」
に変更しちゃいましょうかいのう。
伊塚光五郎
話をややこしくすな!
日本史だけでも大変なのに、世界史がアンタに説明でけるわけないやろ!
それに最後の「DASH村!」てなんやねん!?
赤字屋サバ
なんかカッコよさそうなんでつけてみただけですゾイ。
ふぉふぉふぉ。
伊塚光五郎
ただ単に自分の好きな番組の名前をつけただけやないけ・・・
赤字屋サバ


今回の結論

日本史にしても、世界史にしても、
大切なのは「流れをつかむ」ことです。

今回は世界史の中の特に「植民地」を取り上げて、
流れを追って説明しました。
そして最後には世界史の中で日本はどういう対応をしたかも説明しました。

今の歴史教科書や、一部のマスコミは、
日本人が植民地や戦地でおこなった(かどうかハッキリしない)「悪事」を、
わざわざ取り上げる傾向があるようですが、
ハッキリ言えばそれは日本史の「流れ」とはあまり関係のない部分です。
世界史の中でもそれは同じで、
たとえば「アメリカはイギリス本国から独立した」と書いても、そのあとに、
「ただしその土地はもともと先住民(インディアン)からぶんどった土地で、
大量虐殺も数多くおこなった。
さらにアフリカからも数え切れないほどのドレイを強制連行してきて、
土地を開墾していった」
という書き方はしないでしょう。
それは、アメリカの歴史の流れのなかでは、
あしざまに強調してまで語る必要のない部分だからです。
もちろん、そういった事実があった、
ということを知っておく必要はあるんですが、
それは「アメリカの歴史の流れ」の中で語るのではなく、
インディアンの歴史、あるいはアフリカの歴史の流れのなかで語るべきでしょう。

つまり、その国の歴史は、
その国の視点で見たものを語るのが世界の常識だ
、ということです。
日本ならば日本人の目から見た日本史の流れを知った上で、
よその国の歴史の流れを学ばないと、日本という国の歴史に対して、
大変な勘違いをしてしまうおそれがあります。
(日本が行った悪い事、とされているもののなかには、
よその国が日本を悪く宣伝するためにでっち上げた事も中にはあるからです)

長くなりましたが、最後に一言言って終わりにします。
「教科書も、マスコミも、ひょっとしたらこのHPさえも、
間違ったことを書いている可能性があるので、
自分で情報をいっぱい集めて、真実をみきわめる目をやしなってください。
どの国であっても、歴史というのはいい部分、悪い部分、両方あります。
悪い部分ばかり見ないで、いい部分もみつけてみてください。
(もっとも、いい悪いを現代の価値観で評価すること自体、本当は意味ないことですが)
そして自分の国(日本)の歴史に誇りをもってください」

以上!

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