山本勘助、風林火山で川中島の戦い


今日は平成19年大河ドラマの主人公
山本勘助さんです。
りょうこ
初めまして。
大河ドラマの主人公になれるとは、
私も出世したもんです

山本勘助、山本勘助。
デザイナーとしても有名です。
山本勘助
デザイナーはやまもと寛斎!!
そんなボケはともかく、
さっそく勘助さんのことを聞かせてください。
りょうこ
その前に言っておきますが、
私は長い間架空の人物とされていたので、
正確な生い立ちがわからない
ということを、
知っておいてください。
山本勘助
自分のことなのにですか(笑)。
りょうこ
そうなんですよ。
ですからわたしの名前「山本勘助」も、
本当にこういう名前だったのかどうかは、
山勘で推測するしかないんです。
ちなみにこの「山勘」、
私の名前、山本勘助からきているという説があります。
元祖「山勘」ですね。
山本勘助
へ〜、そうなんですか。
まあ、わかる範囲でいいから、教えてください。
りょうこ
わかりました。
じゃあ史実・架空の話を織り交ぜて話しましょう。
まず私が生まれたのは1493年の三河(愛知県)
で、苦労に苦労を重ね、51歳になりました
山本勘助
ちょ、ちょ、いきなり51歳に老けちゃうんですか!?
りょうこ
はい。
なにしろ51歳までの人生は謎ですから。
はしょりました
山本勘助
簡単にはしょりますね〜。
ま、いっか。
りょうこ
51歳の時私は、
武田信玄という有名武将に軍師として使え、
やっと名前が売れ出したのです。
山本勘助
ウソ!
武田信玄って有名人じゃん。
信じらんな〜い!
りょうこ
信玄の「信」はにんべんに言うと書きます。
ですから人が言うことを「信じる」ことが大切なのです。
これ、私からの「贈る言葉」です。
山本勘助
何、金八先生みたいなこと言ってるの。
りょうこ
いや、信玄も金八も武田つながりですから。
山本勘助
無理につなげなくてもいいですって。
りょうこ
信玄様に使えた私は、
主に築城(ちくじょう)で名をあげました。

いえ、別にくやしがったわけではありません。
山本勘助
くやしがるのは「ちくしょう」でしょ!
無理してボケなくていいから。
りょうこ
私の名前が売れたのは戸石合戦
砥石を投げ合った合戦ではありません。
山本勘助
ボケはいいって!
りょうこ
でも、もっと私を有名にした出来事があります。
山本勘助
何?
りょうこ
信玄様に愛人を紹介したことです。
山本勘助
え”〜(;一一)
愛人を紹介して有名になったの〜?
なんか、
りょうこ
この頃信玄様は諏訪一族を滅ぼしたんですが、
その諏訪の娘を私が愛人に勧めたのです。
そうすることによって、
諏訪の人がなついてくれると思ったんですね。
山本勘助
そういう男の人の感覚って、わっかんない〜。
諏訪の娘さんがかわいそう。
りょうこ
でもこの諏訪の娘はのちに信玄様の子を産み、
その子は武田家の跡取り息子になったんですよ。
山本勘助
あ、それならちょっとむくわれたのかもね。
りょうこ
しかしその跡取り息子の代で、
武田家は滅びちゃいました
山本勘助
ダメじゃん!
りょうこ
まあ、武田が滅びるのは、
私が死んだずっとあとの話ですから。
今は私の話に戻します。
山本勘助
はいはい。
りょうこ
そうこうしているうちに私も69歳になりました
山本勘助
うわ〜、もうおじいちゃんだ〜。
りょうこ
でもまだまだ元気な私。
定年なんてなんのその。現役バリバリ。
山本勘助
元気なのはいいことですよね。
りょうこ
この年、越後の上杉謙信という、
これまた有名な武将が信玄様に戦いをしかけてきました。
山本勘助
なんで?
りょうこ
信玄様が長野から追い出した、
小笠原・村上一族に味方して攻めてきたんです。
小笠原だけに、
正座の上、お辞儀して礼儀良くやってきました。
山本勘助
ウソっ!!
りょうこ
上杉vs.武田がぶつかったのは、長野県の川中島みゆき。
ここでは、
いつも川中みゆきと中島みゆきの歌が流れています。
山本勘助
川中島!!「みゆき」はいらないって。
りょうこ
武田信玄と上杉謙信は何回かこの川中島で戦っていて、
今回は四回目の戦いでした。
山本勘助
あ、そんなに何度も戦ってるんだ。
りょうこ
この四回目の戦いが一番有名なので、
これが一般的に川中島の戦いと呼ばれています。
山本勘助
へぇ〜。
りょうこ
新潟からやってきた謙信は、
善光寺と妻女山というところに陣取り、
山梨からやってきた信玄は、
海津城と茶臼山というところに陣取りました。
山本勘助
謙信は善光寺と妻女山、信玄は海津城と茶臼山ね。
りょうこ
ここで11日ほど小競り合いをしたのですが、
ラチがあきません。
そこで私が一つ作戦を考えました。
山本勘助
どんな作戦?
りょうこ
ラチがあかないのは、主力軍が戦ってないからです。
ですから謙信の主力軍を、
八幡原という広いところに追い出し、
それを叩こうと考えた
のです。
山本勘助
具体的にどうやって八幡原に追い出すんですか?
りょうこ
謙信が今いる妻女山を背後から夜襲すれば、
びっくりした謙信軍は逃げ場を失い、
八幡原におりてくるはずです。
山本勘助
なるほど。
りょうこ
そこで私は武田軍を二つにわけ、
一万二千人を妻女山に、
八千人を八幡原に向かわせました。
山本勘助
作戦は完璧ですね。
りょうこ
キツツキという鳥を知っていますか?
キツツキは木の穴の中にいる虫をとるときに、
木の反対側をつついて虫を驚かせ、
穴の中から追い出すのです。
今回の作戦がキツツキの習性に似てることから、
私はこの作戦を「ウグイスの戦法」と名付けました。
山本勘助
そこまでキツツキの説明しておいて、
ウグイス!?
りょうこ
この「キツツキの戦法」が実行されたのは、
1561年9月9日深夜
山本勘助
なにげに「キツツキ」に戻してるし。
りょうこ
ひたひたと妻女山に向かう武田軍一万二千人。
山本勘助
隠密行動ですね。
りょうこ
いきなり武田軍が背後から襲ったら、
謙信軍はビックリして大あわてして、
オシッコもらしちゃうはず。
山本勘助
そうでしょうね。
りょうこ
武田軍が妻女山に到着。
しかしそこはもぬけのカラ。
武田軍はビックリして大あわて!!

オシッコもらしちゃいました!!
山本勘助
え!?なんで!?
りょうこ
じつはこの「キツツキの戦法」、
謙信に見破られてしまっていて、
謙信軍は一足先に妻女山からおりてしまっていたのでした。
山本勘助
見破られてたのね!?
りょうこ
ちょうどその日は霧が濃くてあたりの様子がほとんど見えず
武田軍は謙信軍が妻女山からおりたことに、
全然気が付きませんでした。
山本勘助
あーあ。
りょうこ
で、八幡原で待っていた武田軍を、
逆に謙信軍が奇襲。
こっちの武田軍もビックリして大あわて!!
オシッコもらしちゃいました!!
山本勘助
作戦失敗ですね。
りょうこ
武田軍は「逆キツツキの戦法」にあってしまいました。
山本勘助
逆なのね。
りょうこ
キツツキ・・・逆に読んでもキツツキ・・・
この事実に早く気づけばよかった私。
山本勘助
何が言いたいのかよくわかんねー。
りょうこ
とにかくそういうことで、
武田軍不利のまま八幡原で戦いは始まってしまいました
山本勘助
やばいですね。
りょうこ
なにしろ奇襲するつもりが逆に奇襲されちゃいましたから、
武田軍はもう何がなにやらワケわからず、大混乱。
山本勘助
ありゃりゃ。
りょうこ
この混乱の最中、
上杉謙信は単騎武田軍に斬り込み、
武田信玄様に一太刀斬りつけた
なんてウワサもちらほら。
山本勘助
大将同士が戦うなんて、よほど混乱してたんですね。
りょうこ
武田軍の象徴である「風林火山」の旗も、
そよ風にはかなく揺れています。
まさに「風鈴」火山。
山本勘助
つまんねー。
りょうこ
しかし混乱していた武田軍も、
妻女山に向かっていた別働隊が合流することによって、
次第に体勢を立て直します
山本勘助
あっ、合流したんだ。
りょうこ
謙信軍はじりじり後退をはじめました。
山本勘助
よかったですね。
りょうこ
よくない!
山本勘助
え? 何で?
りょうこ
ここまで武田軍が苦戦したのは、
私が考えた「キツツキの戦法」が見破られたのが原因です。
山本勘助
ま、そりゃそうですね。
りょうこ
謙信軍が後退をはじめたことはいいんですが、
この作戦失敗はよくありません。
ですから私は責任をとって、
謙信軍に突入していきました
山本勘助
責任感が強いんですね。
りょうこ
69歳の老体にムチ打ち、私は駆けました。
謙信軍も妙な老人がやってきたと思ったことでしょう。
山本勘助
でしょうね。
りょうこ
しかし戦国武将のイスにシルバーシートはありません。
謙信軍は老人の私に容赦なく弓矢をいかけ、
刀で斬りつけてきました。
山本勘助
あらら。
りょうこ
山本勘助、69歳。川中島に大往生
ハイ、
ここで川中島みゆきの「ヘッドライトテールライト」が流れます。
山本勘助
死んじゃったんですか。
りょうこ
♪ヘェッドラァ〜イト、テェ〜ルラァ〜ィ♪
山本勘助
プロジェクトX」か!!
りょうこ
こうして私は死んだのです。
山本勘助
合掌。( ̄人 ̄)
りょうこ
しかしそれから446年たった平成19年、
山本勘助は復活しました
!!
山本勘助
生き返ったの!?
りょうこ
NHKの大河ドラマで、
内野聖陽(うちの・まさあき)という男が私になって復活。
みなさん、内野さんはイケメンなところなど、
私にそっくりなんです。生き写しです。
でも私の方がちょっといい男ですが。
山本勘助
うそつき!!
りょうこ
なにはともあれ大河ドラマ「風林火山」、
主役の私、山本勘助にご注目!!
山本勘助
番組宣伝でオチつけないでください!!
りょうこ

ひのもとあや先生の一口寸評

山本勘助は謎の多い人物です。
実在したともしないとも言われていますが、
現在は実在したとする説が多いようです。

ですから何をした人物かもハッキリしません。
今回、もっともらしく色々書いたのは、
すべて一般的な伝記や小説に基づいています。

こんなよくわからない人物を、
どうやって大河ドラマにするのか、興味はあります。
もっとも、勘助の仕えた武田信玄や、
そのライバル上杉謙信はドラマになる人物ですから、
それなりに面白いとは思いますが。

ともあれ、山本勘助。
有名になったのが50過ぎですから、
今はやりの「第二の人生」というヤツです。
そういう意味でオジサン世代は必見かもしれませんね。

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隻眼の竜 軍師・山本勘助(横山光輝/著)1
山本勘助 異形の軍師
風林火山(井上靖/著)H19NHK大河ドラマ原作

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